Temptation

(世阿弥)


これはまだ、世阿弥がドルイドの僧として過ごしていた頃のお話。
当時錬金術を研究していた世阿弥は、教会の用事で、ウエストエンドにあるキースリーの町へと来ていた。
そこはクイーンズの様な喧騒からは想像もつかぬのんびりとした街並みで、町の人々も自然と共存する様にのんびりと暮らしている様に見えた。
この町の外れに住む医師、サングエに頼まれていた薬の原料を渡すのがドルイドの僧侶の役目だったが、今日はいつも運ぶ人物が怪我をして遠出が出来なくなってしまったので、代わりに世阿弥が此処までやって来たのである。
(成る程・・・此処なら修行には最適かもしれない)
キースリーを出て、森に囲まれた道を行く世阿弥は、自然との共存を教えとするドルイドの考えを実践する為の修行に多くの僧が此処を訪れる理由を肌で感じ、感歎に浸りながら歩いていると、目の前に洒落た造りの館が見えた。
(あれがサングエ先生の館・・・)
世阿弥が足を踏み入れると、庭一面に咲き誇った薔薇の香りが、世阿弥の鼻をくすぐった。
「どなたですか?」
玄関へ向かう途中、背後から声を掛けられて振り返ると、其処には一人の女性が立っていた。
女性の名はジョイア。この館の主サングエの娘の一人だった。
「私はドルイドの用事で伺った世阿弥と申しますが・・・」
普段、隠者として生活している世阿弥は、初めて見るジョイアの美しさに一気に心を奪われた。
「でしたら、父に御用の方ですね?バトラー、お父様の所へご案内を」
ジョイアは傍に居た執事に世阿弥の案内を頼むと、会釈をした後に、家の裏手へと消えてしまった。

初めての訪問から1年程経った頃、世阿弥はいつもの様にウエストエンドへと向かうと、其処は一見いつもの街並みに見えたが、町の人々の顔に、どこか生気が無い様に見えた。
世阿弥は、そんな町の様子が気になりつつも、ジョイアに会いたい一心で、足早にサングエ邸へと足を運んだ。
ところが、先月まで此処に住んでいたサングエ一家の姿は其処には無く、ストーンヘンジより更に西にあるブラッド城へと引っ越した事を、町の人たちから聞いた。
世阿弥は、妙な胸騒ぎを感じつつも、ジョイアの美しさが忘れられずに、その足でブラッド城へと向かった。
「此処は・・・一体」
キースリーの町を出た時は、まだ昼前で、此処に着く少し前までは確かに太陽が存在していた筈なのに、城が世阿弥の視界に入った途端。辺りは漆黒の闇に包まれた。
この情況を見て、背筋が凍りつく様な感覚を覚えた世阿弥は、ふと冷静になって町の様子。そして最近ウエストエンドで頻発する吸血鬼騒動が脳裏に浮かび、城に背を向けたその時、いつの間にか背後にジョイアが立っていた。
「世阿弥様・・・お久しぶりです。父に御用ですか?」
「え・・・あ・・・その・・・」
「この城は初めてでしたわね?わたくしがご案内します。・・・どうぞ」
初めて触れたジョイアの手は、とても冷たかったが、それと同時にとても柔らかく、世阿弥の脳裏にあった不安や疑念は一編に吹き飛び、為すがままに大広間へと連れられて行った。

「ジョイアが気になるかね?」
大広間で世阿弥を待っていたサングエは、ジョイアも退室を待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「あ・・・いえ・・・。」
図星を指されて真っ赤になって俯いてしまった世阿弥を見て、向かいのソファーに座ったサングエは、小さく笑みを浮かべた。
「世阿弥君。もし君さえ良ければ、私はジョイアを君の嫁にしても良いと思っているのだがね・・・」
「!?・・・しかし、私はお嬢さんとまだ殆ど話もした事ありませんし・・・」
「・・・もし、これが、ジョイアの望みだと言ってもかね?」
その一言に、世阿弥は驚いて顔を上げると、サングエは世阿弥の隣へと席を移動した。
「ジョイアは私の自慢の娘だ、ジョイアから初めて君の話を聞いた時は、正直戸惑ったが、君が家へ訪問する様になって、君の誠実さが見えてきた故、親としてお願いしているんだがね?」
「・・・少し、お時間を下さい。」
前回までとは明らかに違うサングエの様子に畏怖した世阿弥は、結局返事を明確にせずに、城を後にした。

「・・・世阿弥様」
ストーンヘンジの前を横切ろうとした時、ストーンヘンジの入口にある森の影から、聞きなれた声がした。
「・・・ジョイアさん」
世阿弥の目の前に現れたのは、純白のコートに身を包んだジョイアであった。
「ジョイアさん、教えて下さい。この町では一体何が起こったのですか!?」
世阿弥の問いかけに対し、ジョイアは世阿弥の瞳を見つめたまま静かに口を開き始めた。
魔王ガープの襲来、それに抵抗するも空しくガープの魔力にひれ伏し、バンパイアとなった父サングエと、自ら進んでバンパイアとなった自分の事を語った。 「ジョイアさん・・・」
「世阿弥様。・・・わたくしは、貴方にこのわたくしの老いてゆく姿を見られたくなくて、自ら悪魔に身を捧げました。・・・貴方がもしわたくしの事を本当に想って下さるのなら、貴方の時間をわたくしに下さいませんか?」
「・・・私は」
返事をしようとした時、世阿弥の脳裏に直接響く声を聴いた。
『目を見るな』
「え?」
我に返って辺りを見回すが、其処には鬱蒼と生い茂った木々達が見えるのみで、誰の姿も無かった。
「世阿弥様・・・」
その一瞬の隙を突いて、ジョイアが世阿弥の胸の中へと飛び込んできた。
「わたくし、世阿弥様に初めてお会いした時からずっとお慕いしておりました。・・・父へ世阿弥様との事をお願いした時、世阿弥様のお気持ちを父から聞いた時、わたくし嬉しくて・・・」
ジョイアはそう言いながら、ゆっくりと背中に腕を回して、体を密着させてきた。
「ジョイアさん・・・」
「わたくしを見て・・・」
『見るな!』
その瞬間森が騒いだが、その声はもう世阿弥には届かずに、世阿弥はジョイアと共にサングエの待つ城へと戻っていった。

おわり


■あとがき■
終わりました♪
今回は
「世阿弥の昔話」
と言うリクエストでしたので、100のお題とは微妙に思考を変えて書いてみました。
でも、私が世阿弥様の話を書くと、どうやっても暗くなりますね(汗)
本当はもっと明るい話とか書ければ良いんですが、世阿弥様の性格や、まして過去の話となると、こんなネタしか思いつきませんでした。
ジョイアに関しては、私の勝手な妄想です(苦笑)
初めてサングエの館をカブキと訪れた時の世阿弥様の様子から察するに、あの姉妹とは昔何かあったのではと、勝手に妄想して今回の話となった訳です。

こんな物で宜しければ、謹んで進呈させて頂きますので、受け取って頂ければ幸いです。




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