荷物

(サクラ大戦3)


巴里に平穏な日々が戻ってから数日後。
その日、エリカのドジは凄まじいの一言で表せるほどに酷かった。
朝から台所で朝食を作ろうとしてボヤ騒ぎになり、昼の訓練では訓練用の機体をスクラップにし、夜はステージから転げ落ちて貴族の客のテーブルをひっくり返す始末。
この日の損害額だけで、1か月分の店の売り上げがパーになるそうだ。
そんな訳で、閉店後、グランマにこってり絞られて、しょんぼりとしたエリカが地下へ降りて行くと、エレベーターはシャワー室でなく、地下の格納庫へと進んでしまった。
ドアが開くと、遠くに見えるのは、ジャンとメルとシーと言うちょっと異色の3人だった。
ついでだから3人にも謝っておこうと、エリカが足を踏み出した時、ジャンの声が室内に響いた。
「・・・いい加減何とかしてくれよ、あの荷物」
エリカは、その一言に反射的に荷物の影に隠れ、3人の話に聞き耳を立てた。
「お気持ちは解りますが、あれは大神さんのお気に入りみたいで・・・」
「そうですぅ〜、勝手に処分したら、私達が大神さんに怒られちゃいますぅ〜」
「しかしなぁ・・・あれには正直皆が迷惑してるんだよ・・・」
ここまで聞くと、エリカは気付かれない様にエレベーターに乗り込むと、すばやく上へのボタンを押した。
ここでエレベーターの起動音に気付いた3人が振り返ると、そこにはもう閉まったドアしか見られなかった。
「誰か居たのか?」
「エリカさんかロベリアさんが使ったんじゃないですかぁ?」
「そうですね。それよりこれ・・・本当にどうしましょう・・・」
3人の足元には、異臭を放つ2つの壷が置かれていた。
同じ頃、大神とコクリコは、厨房で料理の本と格闘していた。
「イチロー!!卵は黄身だけ使うんだってば!!」
「あ、ごめん。・・・で・・・次は・・・」
「お砂糖とバニラエッセンスはぼくが入れるよ。もう、イチローはダメだなぁ」
「あっはっは、すまない。・・・・・・あれ?」
コクリコに怒られ照れ笑いを浮かべた大神は、驚いた顔で厨房の入口を見た。
「どうしたの?イチロー?」
「あ・・・いや、今エリカ君が通り抜けたから」
「えー?もうお説教終わっちゃったの!?それじゃこっちも急がないと」
「いや・・・それは良いんだけど・・・」
大神は走り去るエリカを見て、妙な胸騒ぎを覚えたのだった。
その時丁度ロベリアが厨房の前を通りがかったので、ロベリアに後任を任せ、大神はエリカの後を追って、シャノワールを後にした。
「ロベリアー、イチローどうしたの?」
「知らないよ。バカだからだろ?」
コクリコから何を作っているのか聞いたロベリアは、それから黙ってコクリコの手伝いをした。

エリカの後を追って飛び出した大神は、いつの間にか水辺の橋まで来ていた。
ここは、エリカが住んでいる教会とは正反対の方向に当たる。
「エリカ君」
橋に前かがみになり、水辺を見つめるエリカの肩を掴むと、エリカは驚いた様に振り返ったが、その瞳は涙で濡れていた。
「何があったんだ、エリカ君。グランマはそこまで君を叱責したのか!?」
エリカは黙って首を横に振ると、水辺に視線を戻した。
「私・・・前にもこうして飛び出して迷惑かけちゃって・・・あれから皆とも本当に仲良くなれたと思っていたんです・・・でも・・・」
「でも?」
大神は隣に立って、続きを待った。
「でも・・・花組以外の方々には、私ってただのお荷物でしかないみたいで・・・」
「なんだって?・・・まさか」
「でも、私、聞いちゃったんです!!皆が迷惑しているけど、大神さんのお気に入りだから、勝手に処分できないって!!」
「!?」
その一言に、大神は鉛でも飲み込んだかの様な複雑な表情を浮かべた。
「・・・エリカくん。謝らないといけないのは俺だ」
そう言うと、驚くエリカの手を掴んで、シャノワールへと戻って行った。

エリカを伴ってシャノワールへ戻ると、ロビーではジャンとメルとシー、そしてグランマとコクリコとロベリアが立っていた。
大神の様子と走り去るエリカを目撃したロベリアがグランマに事情を聞き、それを戻って来ていた二人が一緒に聞いていたので、話のつじつまが合い、大神が戻るのを待っていたという訳だ。
「エリカ君、すまない。多分皆が迷惑しているのはこれだ」
地下格納庫に移動した一行の目の前で大神が指差したのは、丁度エリカが地下に来た際に3人を見かけた場所だった。
「・・・・・・壷ですか?」
「あぁ。もっと近づくと、皆の言い分がわかるよ」
壷は換気ダクトの真下に置いてあるので、遠くだと臭わないが、近づくにつれて、強烈な匂いが一同の鼻をついた。
「ぶはっ!!・・・何だこの臭い!?新手の兵器か!?」
ロベリアが袖で顔を覆って後ずさりする中、コクリコと大神とエリカは壷に近づいた。
「こっちの壷、ナンプラーみたいな臭いがする」
「こっちはなんでしょう?変わった臭いがします」
「これ、日本の食べ物で、くさやとぬか漬けって言うんだ。くさやは魚を独自の漬け汁に漬けてあって、焼いて食べるんだ。ぬか漬けは、こっちで言うピクルスの一種みたいな物さ」
それだけ言った後、正体を知っても遠巻きに見る一行を見てから、大神は首をうなだれた。
「俺、この二つで大好きで、わざわざ日本から持ってきたんだけど、アパートに置いておいたら近所から毒ガスがあるとか言われちゃって、仕方無いからシャノワールの厨房に置かせてもらったら、今度は料理に臭いが移るって苦情が来て、仕方ないから換気ダクトのあるここに置かせてもらってたのさ・・・まさかここでも文句言われるとは思わなかったよ」
「・・・自分の故郷のピクルスが恋しいのは解るけどよ、いかんせんこの臭いは勘弁してくれよ、気が狂いそうになるぞ」
「私達も、ピクルスはまだ良いんですが、そちらの魚の臭いがダメで・・・」
「・・・兵器みたいな食いもん持ち込むんじゃねぇよ。バカだからか?」
と、皆に散々に言われ、大神が落ち込むと、やっと事情が飲み込めたエリカが声をかけた。
「要は、邪魔なのは、私じゃなくて、この壷なんですよね?」
エリカの邪気の無い一言に、大神が更に沈み込むと、コクリコが二人の間に入った。
「ねぇ、この魚の壷、ぼくが預かっても良いよ。ぼく、この臭いなら平気だから」
「・・・さっき迫水大使に連絡したら、ピクルスの方は預かってくれるそうだ。しっかし、そっちの魚は、日本人でも食べる人と食べない人が極端に分かれるそうじゃないか。そんなもの食文化の違う国へ持ち込むんじゃないよ、まったく・・・」
と、グランマに叱られ、大神は顔が上げられないまま、エリカの方を向いた。
「そんな訳で、エリカ君には要らぬ心配をかけてしまったね。すまない」
「え!?・・・いえ、私こそ、また早とちりしちゃって、本当にごめんなさい!!」
互いに頭を下げあう二人を見て、皆が声を上げて笑うと、コクリコがハッとした顔で声をあげた。
「イチロー!プリン!!そろそろ冷えてるよ!?」
「あ、そうだ!!」
「プリン?」
その言葉に反応したエリカが顔を上げ、事情を知らないジャンとグランマ、メルとシーが顔を見合わせると、大神が、怒られて来たエリカを励まそうと、コクリコと二人でプリンを作っていたが、途中でロベリアに協力してもらったと話すと、ロベリアは照れくさそうにそっぽを向いてしまった。
「それじゃ、今日は夜も遅くなっちまったからね、明日皆でいただくとしようか」
グランマの一言で、この日は解散となった。
エリカとコクリコと大神の3人は、途中まで一緒に帰りながら、話題はくさやとぬか漬けの話になっていた。
「その魚・・・くさやでしたっけ?・・・本当に美味しいんですか?」
エリカが疑り深く壷を見ると、大神は愛おしそうに壷を撫でながら
「これは、臭いが凄いだけで、味は最高なんだよ。それを言うなら、果物のドリアンだって凄い臭いじゃないか」
「あれはああ言う物なんですよ」
「でもさ、ナンプラーで慣れてるぼくと違って、エリカは良くこんな近くでも平気だね」
「ふふふ、私の料理と同じような匂いがするから、ひょっとして美味しいんじゃないかって気がしてたんですよ」
エリカの一言に、コクリコと大神は、やはり異国の食品は持ち込むものでは無いと実感したのは言うまでもない。

翌日、ぬか漬けの壷を取りに来た迫水大使を交えて、楽しいティータイムを迎えた一行は、しみじみと平和になった巴里の午後を楽しんでいた。

―終わり―


■あとがき■
どうもお久しぶりでございますm(__)m
何だか最近、毎回このご挨拶になってますね、本当に申し訳ないです。
今回のお題は「荷物」と言う事で、これまた悩みましたよ(ーー.)
そこで考え付いたのが、エリカの勘違いです。
で、次に何と勘違いさせるかと言う事で考えたのが、くさやとぬか漬けだったわけです(^_^.) かなり強引な展開で、かなり途惑いながら書きましたが、食文化の違いとかもあって、検疫通るのかなぁ?などと自問自答しながら書きました(^_^.) こんなのでも、少しでも笑っていただければ幸いでございますm(__)m




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